スカベンジャーの娘

ロンドン塔には2人の娘がいます。その片割れがこのスカベンジャーの娘(Scavenger’s daughter)。拷問具の名前に「娘」の文字が入るのは、イギリス流の洒落なのでしょうか。
「ハゲタカの娘」「コウノトリ」など、いくつかの呼び名があるこの拷問具について今回は解説しましょう。

ちなみに、もう片方はエクセター公の娘といいます。こちらも記事があるので興味のある人はどうぞ。

形状と使用方法

スカベンジャーの娘には改良前と改良後で2種類の形状がありました。それぞれ順番に見ていきましょう。

改良前の物は、鉄製でアルファベットのAのような形をしていました。
その頂点と側面に、首と両手両足をそれぞれ拘束するための輪があります。

使用方法は至ってシンプルで、それぞれの輪に犠牲者の頭と手足を入れ、自力で外せないようネジを締めるだけです。

この拷問具により拘束された犠牲者は、両手足を曲げた窮屈な姿勢で固定されることになりました。

1500年代後半に開発された改良後の物は、改良前と比べてよりシンプルな形状になりました。

土台から伸びる鉄製で半円型の金具と、それを締めるためのネジのみで構成されています。

半円の中に犠牲者を土下座の体勢で押し込みネジを回すことで、半円が締まって犠牲者の体を拷問官の思い通りに圧迫することができるようになりました。

改良前、改良後の両方で共通するのが、犠牲者を窮屈な体勢で固定する拷問であるということです。

改良後のものは更にそこから圧迫するという要素も加わっていて、より効率的に犠牲者を拷問することができるようになりました。

拷問としての効果

体を固定するだけで拷問になるのか? と疑問に思うかもしれません。

結論からいいますと、これは十分に拷問になり得ます。

実際、数少ないこの拷問具による拷問の記録によると、犠牲者は鼻や口から血を流したとまで報告されており、この拷問の凶悪さを物語っています。

また、改良後のものでは内蔵破裂や窒息を引き起こしたと言われています。

拷問というか、処刑に片足突っ込んでいますね。そこを死なせないよう限界を見極めるのが、拷問官にとって腕の見せ所だったであろうことが容易に想像できます。

本当にこの拷問具を使って実験をすることは出来ませんが、もしも使ったらどのようなことが起こるのかは想像することが可能です。考えてみましょう。

そのために必要な知識が1つあるのですが、皆さんはエコノミークラス症候群という言葉をご存知でしょうか?

最近はそうでもないですが、昔テレビで取り上げられ話題になったことがある言葉です。具体的な意味はコトバンクで以下のように説明されています。

飛行機の狭い座席に長時間座っていた乗客が、機から降りた直後に倒れる病気。ロングフライト血栓症ともいう。足の静脈に血の塊ができ、その血栓が肺に詰まって呼吸困難や心肺停止を招く肺塞栓症(肺動脈血栓塞栓症)を起こす。

要するに、ずっと同じ姿勢でいると血栓ができて、そのせいで血管が詰まる危ない病気だということです。

スカベンジャーの娘を使用された犠牲者は、このエコノミークラス症候群により苦しんだと考えられます。

血栓が詰まるとどうなるのか? これは血栓が詰まった部位により症状が変わります。

例えば、脳の血管で詰まれば脳梗塞、心臓の血管で詰まれば心筋梗塞、そして肺の血管で詰まれば肺塞栓となります。

詰まるだけならまだ良いですが、問題は血栓が血管を破ることがあるということです。

血管が破れるわけですから、当然出血しますよね。肺の血管が出血すれば、肺の中に血が溜まることになります。

この血が逆流すると、鼻や口から血が出てくることになります。相当苦しいでしょうね。

犠牲者が鼻や口から血を流したという報告がありましたが、このようなメカニズムで起こっていたわけです。

また、この拷問具による苦痛はによる直接的なダメージだけではありません

人間の体というものは、ただ生きているだけで常に老廃物を作り続けています。

この老廃物というのは体にとって毒なので、普通は血液によって血管の中を運ばれ腎臓などで処理されて体の外に排出されます。

ここでもし、血液の流れが悪くなればどうなるでしょう?

老廃物が流されず、ずっと同じ場所にたまり続けることになりますよね。

この状態が続くと、人間の体は危険信号として苦痛を送り始めます。

ずっと同じ姿勢でいると肩が凝ることってありませんか?

あれは、まさに老廃物が溜まっているせいで起こる現象です。

なので、肩を回したり軽いストレッチをしたりすると血液がちゃんと流れて老廃物を運ぶようになるので痛みが軽減されるわけです。

逆に、拘束されて身動きが取れない状態では血液が老廃物を運べないのでずっと苦痛が続くことになります。犠牲者は非常に苦しかったでしょうね。

余談ですが、たまにこの拷問では全身に乳酸が溜まりそれが原因で苦痛が生まれる、といった解説を見ることがあります。

ですがそれは古い知識です。現在は乳酸は無関係であることが分かっているので注意してください。

歴史

この拷問具は15世紀から16世紀の中世、当時のイングランドを統治するヘンリー8世(1509-1547)の元で作成されました。

製作者はロンドン塔のLeonard Skevington(Skeffingtonと呼ばれることもある)中尉です。

この拷問具はイギリスでは一般的にSkevington’s Daughterと呼ばれていますが、作った中尉の名前にちなんでいるわけですね。

ちなみに、この記事ではSkevingtonではなくScavengerと表記していますが、これは長い年月の中で名称が呼びやすく変化したためです。お陰で資料探しにすごく手間取りました。

他にも、コウノトリSpanish A-frameという名称で呼ばれることもあります。

それぞれ拷問にかけられている犠牲者と拷問具の見た目から連想された呼び名らしいですが、本当にややこしいので1つに統一してほしいものです。

そんなこの拷問具ですが、どうも使用された回数はあまり多くないようです。

というのも、この拷問具を利用して拷問を行ったという史料がほとんどないんですよね。

かなり効果的な拷問具のように思うのですが、何故あまり利用されなかったのでしょうか? 謎です。

数少ない犠牲者としては、反政府勢力と接触していたアイルランド人のトーマス・ミーガ(Thomas Miagh)や、エリザベス1世の統治する時代にカトリック司祭でありランカシャーの殉教者でもあったトーマス・コータム(Thomas Cottam)が挙げられます。

せっかく作った拷問具を、まさかたった2人にしか使わなかったということはないと思うのですが、いかんせん史料が見つかりません。

もしもスカベンジャーの娘で行われた拷問について知っていることがあればご一報ください。きっと喜びます。

余談ですが、この拷問具(の改良前Ver.)をオーダーメイドで作成している人たちがいるようです。世の中、いろんな人がいるものですね。

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