燻し責め

古今東西、火を使う拷問は数あれど、煙のみを使う拷問というのはほとんど例がありません。

そういう意味で言えば、この燻し責め(いぶしせめ)は特殊な拷問であると言えるでしょう。

せっかく火があるのに、わざわざ煙だけを取り出して使うなんてのは非合理的ですからね。

私の調べたところ、この拷問が行われたとされる場所は2つだけでした。それは、遊郭と今西家です。

遊郭の燻し責め

商品価値を下げない拷問

遊郭で行われる拷問というのは、つまり遊女に使われる拷問であるということです。そのための特徴として、傷をつけない拷問が利用されたというのがあります。

以前このサイトでくすぐり責めを紹介しましたが、あの拷問も遊郭で使われた拷問でした。傷をつけないというコンセプトも同じですね。

煙をかける拷問

燻し責めは、文字通り犠牲者を「燻す」拷問です。

手元にある資料『日本で本当に行われていた 恐るべき拷問と処刑の歴史』の中で、この拷問の方法が説明されています。

捕まった脱走遊女は、店の仕置部屋に閉じ込められ、着物を剥がされ縄で縛り上げられる。動けなくなったことが確認されると、仕置人は遊女の眼前に草木を積み上げ火をつける。

〜中略〜

煙が充分に立ち込めてくると、団扇で扇ぎ、遊女の顔へと向かわせるのである。

煙を吸い込んだり目にかかったりしたときの苦痛は、語るまでもないでしょう。

この拷問を受けた遊女は、目や喉の粘膜を刺激される痛み、それによって引き起こされる涙、咳、嘔吐、呼吸困難、さらには意識喪失などが起こります。

また、『拷問刑罰史』によれば、唐辛子を燻した煙をあおぎつけて責めるという方法も行われたようです。

ひどい苦しみを受けるわけですが、しかし命に関わることはまずありません。

元から呼吸器に障害のある人間が対象ならば命に関わることもあるかもしれませんが、それはこの拷問の危険ではないでしょう。

また、煙を浴びるだけなので、少なくとも外見には傷が残りません。遊郭で使うには都合の良い拷問ですね。

疑問のある描写を見かける

ところで、ネット上で見かけるこの拷問の説明で「遊女を男が押さえつけて煙をかけた」というのをしばしば見かけることがあります。が、私にはその描写に疑問があります。

というのも、その方法では男が犠牲になるからです。

もちろん、犠牲を厭わず拷問をした可能性は否定できません。が、わざわざそんな非効率的なことをせずとも縛ればよいわけで、わざわざ人力で押さえつけたという描写は創作ではないかと考えています。

そもそも、くすぐり責めのように遊郭で行われたとされる拷問では、まず遊女を縛るところから始まります。

にも関わらず、燻り責めだけわざわざ人力で拘束するというのは不自然でしょう。

今西家の燻し責め

現存する拷問設備

燻し責めという拷問の話をするならば、絶対に無視できない要素があります。それが、今西家の燻し牢(いぶしろう)です。

なぜなら、今西家は現在も実在する家系であり、この燻し牢は現存しているからです。

つまり、見学できるということです。私は行きました。

さらに言えば、この記事で載せている今西家の画像は私が撮ったものです。撮影OKでした。私と同じように拷問について調べている人間にとって、非常にありがたいことですね。

ただ、実存するから起こる問題というものもあります。例えば、今西家には当時の裁判の記録が保存されているのですが、これは公開されていません。そこに書かれている子孫が今も暮らしているからです。

自治を認められた家系

なぜ今西家では拷問が行われていたのか? それは、この家が今井町の自治権を持っていたからです。

この辺りの話を始めると記事1本分の内容になってしまうので、いずれ別にまとめるとして……

重要なのは、今西家にはお白州があり、牢があり、そして拷問が可能な設備があったということです。

上の画像で言えば手前がお白洲で、壺の置いてあるあたりの黒い床に今西家の人間が座り裁判を行います。画像では見えませんが、左には煙をたく部屋があり、その上には拷問が行われる燻し牢があります。また、今は無くなっていますが、かつては牢も存在していたそうです。

ちなみに、正面の壺のすぐ後ろの黒い板は雨戸です。もちろん内側から鍵をかけることも可能です。

これは、このお白洲が家の外側であったということを意味します。屋根の下なのに家の外であるというのは特殊な環境ですが、その特殊さがこの場所の異常性を際立たせているように感じました。

燻し牢で行われた拷問

燻し責めは、お白洲の斜め上にある燻し牢と呼ばれる場所で行われます。画像の、ハシゴの先にある2つの扉の先がそれです。

この拷問を受ける犠牲者は、まずハシゴを上った先の部屋に入れられ、縛られて拘束されます。

次に、左下にある部屋で煙が焚かれました。

煙は上の部屋に入るようになっており、煙で満たされた部屋の中で犠牲者は自白を強要されるという仕組みです。

ちなみに、部屋は2つありますが、これは男女で分かれています。煙を出す部屋の真上にあるのが男性用の部屋で、少し離れた場所にあるのが女性用です。

この配置の関係で、女性用の部屋に入る煙は男性用のそれよりも煙が入りにくくなっています

なお、この部屋の中はすでに改装済みで、中は倉庫になっているそうです。残念ですが、実際に暮らしている家ですから仕方のないことですね。

余談ですが、ハシゴの下、左側に少しだけ扉が見えています。これの先がかつては牢屋でした。「かつては」というのは、現在は無くなっているからです。

軽犯罪者に使われた燻し責め

今西家で行われた燻し責めは、軽犯罪者に対して使われた拷問でした。

では重犯罪者はどうするのかという話ですが、これはより大きな町、具体的には郡山藩へ送られました。

ということは、そちらでは燻し責めとは違った、より過酷な拷問が行われていたと考えられます。

このあたりの話は、また調査する必要がありそうですね。

女性に優しかった

余談ですが、先ほども書いた通り、燻し牢は配置の問題で男性用の部屋のほうが女性用のそれよりも多くの煙が入ります。

これは女性に対しては煙の量を少なくし、手心を加えるためだったそうです。

殺人や放火などの罪を認めたら死刑になるような犯罪ならいざしらず、軽犯罪を犯した女性が相手なら多少の温情があっても良いという判断があった……のかもしれません。

まとめ

優しい拷問だった

燻し責めについて調べた結果、どうやらこの拷問は比較的に優しいものであったということが分かりました。

傷をつけられない遊女や軽犯罪者を相手に使われた拷問だったのだから、当然といえば当然ですが。

なお、比較的に優しいと言いましたが、比較対象は江戸幕府が公認した4つの拷問などです。優しいからといって、温い拷問だったとは誤解しないでください。しないと思いますけど。

探せば日本中に似た話がありそう

今西家という自治権を持つ家には軽犯罪者に対して行う拷問があり、遊郭には独自のルールに基づいた拷問がありました。

ここから察するに、他の自治権を持つ家のある場所や独自のルールを持つ場所、より具体的に言えば、中央の権力が及ばない地方には独自の拷問が存在している可能性が高いのではないでしょうか。

実際、少なくとも今西家から送られた重罪人を受け取っていた郡山藩には拷問が存在したはずです。

いずれ、拷問の歴史をたどるフィールドワークなどをする必要があるかもしれません。

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